2025/07/01

つき、たつ 7月1日2025年

 令和7年7月ついたち、ツキの音変化はk音の脱落ととらえる。が、ほかにこの読みが現れる、ついー という語はない。月夜、つくよ と読むような、音韻同化の現象、月日 がっぴ と促音化するような、熟合する読みとして表れる変化が見える。ついたち にもそのような発音とみるが、しかし、構音の表れで、のどの閉鎖で出すのをやめてしまったのはどうしてだろうかと、またすぐにもイの音だけが残ったかと音韻の変化を考えてしまう。喉の閉鎖と破裂に、ッカ ハッ との交替はそうなるだろうと類推して、それがすぐにも、キ から、イ となるのは舌の歯への接近となる、次の タ の構音のためにk音の脱落という解釈だけになる。

思いを巡らすのは、日本語日記のコラムにあった解説、のほぎり のこぎり と語表記の変化とするものがあって、どうにも日本語らしくない解説で、のこ は、のほ であったと言いたいように読める一文に、国語ならその現象を証拠にするには音変化の経緯を実証して語の例を見つけるところを、コラムという制限か、書き手の意識下にある説明が不足しているとしか思えないので、だから、のこぎりとなったという説明がないと単なる語の収集の併記に起こしがちな、現象の指摘でよいのだが、どうも和名の、のほきり を根拠とする説を持つように見えて、その発音を唇音の摩擦とみるか、喉の閉鎖か、どうかで、それが唇から喉まで後退するのは例証できるのだろうか、と思ってしまって、このコラムにある日本語解説には大方のところ、そうはなるように見えない。


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