80を数える、あと幾月か、7か月経てばきょうこの日に傘をかぶった齢になる。79の壁は健康面で参るなぁと昨11月にひしひしと感じた。脱腸手術のあとで、2か月の暑い夏がこたえていたのだが、それは3か月後までに筋力を奪っていたのだ、昨暮れのひと月にそれを自覚した。
歩かなければ歩けなくなるセオリーは動かなくなる体力の誘いとなる。
80を数える、あと幾月か、7か月経てばきょうこの日に傘をかぶった齢になる。79の壁は健康面で参るなぁと昨11月にひしひしと感じた。脱腸手術のあとで、2か月の暑い夏がこたえていたのだが、それは3か月後までに筋力を奪っていたのだ、昨暮れのひと月にそれを自覚した。
歩かなければ歩けなくなるセオリーは動かなくなる体力の誘いとなる。
yokuwakaranaikotoda よくわからないことだ。AdRemoverというがあ、それでサイトの広告などをブロックする、それで何がどうなるんだろう。ブラウザの拡張機能だというのでクリックして有料かどうかと見ているうちにいつのまにかインストールされて、画面右下にあらわれたのが、このウェブサイトでの結果という通知ウインドウ、見ていると、ここで41 13
何だろうブロックされた広告に同じくトラッカー、これでどうなんだと、検索してAIの概要を見てみると、このようなことである。>「Ad Remover(アドリムーバー)」とは、ウェブサイト上のポップアップ、バナー、動画広告など、あらゆるオンライン広告やトラッキング(追跡)Cookieをブロックし、プライバシー保護とページの高速化を実現する広告ブロック拡張機能(アドオン)のことです。特定のサービス名でもありますが、一般的には広告除去ツール全般を指し、ブラウザ(Chrome, Edge, Firefoxなど)に導入して使用します。
広告除去と、さて、はて、この投稿サイトにそんなに仕掛け、仕掛があるのか、画面上では何にも見えないが、ここまでであっという間の、69 13にポイントが上がっているが、なにに関係するのか、サイトサーフィンの追跡みたいなことか、ただ書き込んでいるだけなのに。
長期寒波と予報して列島上に低気圧は居並ぶように縦じま等圧線を大きく描く、ここに冷気がどっと降りてくるのだろう。それが長期になるのはピークが2回目を示してまだ続くということである。寒帯の収束帯という、何やら気の砲弾の塊のような天気図である。
長期ならぬ短期と言いはやす選挙決選はおかしな情報が流れている、どこに流れるか、それはオールドメディアにクルリクルリと変わる予測で、昨日までは野党勢力になる優勢だったのが、今日は与党の過半数かと、情報戦をしかけて有権者の心理をゆさぶるかのよう。
保守が革新をリードするのはこれまでの構図であったが、保守が割れて革新に与するかの様相は自民党政治の断末魔であった、前のキシバ政権を継承している。しかしそこにもっと変化をきたした昔からの革新である労働者と宗教者と、くっついてしまったかの、これは何だろう。
選挙のニュース、ユーチューブのハナシから、公示日になってすぐにも当選だというユーチューバーはおめでとうなどと皮肉っぽくは言うが、これはどういうことなんだ、選挙の意味があるのか。比例第1位の候補者がそろて、あるパーティ所属で名簿登載順で当選がわかった・・・
わかったなど、言うのは、わからないことだ、選挙のプロ集団が組織票の集票をうまくあしらうと、こうなるという、それが26年間も続いていて、政治を操ったのか、すべてが比例で建てる候補が全員当選するという、わからない、恐ろしい策であり、信仰とするものはなにか。
予報では寒気は小休止、週末にかけて再来とか。大雪になった地方では積雪が半端ない。
> 今後(1月末): 1月29日〜30日にかけてさらに強い寒気が南下し、北日本から東日本の平地でも大雪や厳しい冷え込みとなる可能性があります。来週の傾向: 一旦寒気が小休止した後、再び寒気が南下する周期的な変化が予想されています。
節分の時に天候が荒れる、周期的な変化らしい。鬼祭りがあると風強く雪交じりが風景となっていたことが多い。この寒さ、冬を耐えてやり過ごす時期が来た。
晴れ、屋根に積もった1センチほど、それも道路には解けてしまった。日中の気温は10℃にならない、夕方には冷えてくる。しんしんとする感じにはならないが、それでもつめたーい!ニュースではウクライナのキーウの人たちはマイナス15℃からマイナス30度の寒さに暖がない。
ボグダンのユーチューブニュースで60万人がウクライナ首都から避難をしたという。ロシアの攻撃で発電所に爆撃を受けて送電がストップしたままだそうだ。21日、>キーウだけで100万人以上が停電の影響を受け、4000棟以上の共同住宅で暖房が断たれている。首都キーウでは今月、気温がマイナス20℃まで下がる日もあり、現地メディアによりますと、停電が長期化するなか、今月に入って約60万人がキーウを離れたということです。
https://www.youtube.com/watch?v=kx7GvkMRGeI キーウが住めない状態になりました。BOGDAN in Ukraine 回視聴 2026/01/24
>ウクライナ情勢に「新たな断層」が走りました。ゼレンスキー大統領は、ダボスで開催された世界経済フォーラムへの出席を“土壇場で”見送り。背景にあったのは、ロシアによる電力インフラへの大規模攻撃だけではありません。最も深刻なのは──トランプ政権がウクライナを国際舞台から排除し始めている現実です。今回の動画では、トランプが創設を進める「平和評議会(Peace Council)」に、なんと プーチンとルカシェンコが正式に招待されている という衝撃情報を詳しく解説します。
>さらに、ダボスで予定されていた「米国によるウクライナ復興支援協定」は実質的に棚上げ。トランプ政権は、武器供与の条件として『グリーンランドを差し出せ』 と欧州に迫る前代未聞の姿勢を見せ、西側諸国の外交議題は一気に“グリーンランド危機”へとシフトしました。その裏で進むのは、・米特使とロシア特使による極秘協議・トマホーク供与の停止・プーチンの思惑だけが前進する“片側和平”・ウクライナ復興と和平が分離する危険な構造といった、ウクライナにとって致命的な流れです。
専門家はこれを、「トランプ=プーチンの新冷戦構造」「力による秩序の復活」と位置付け、国際秩序の根幹が揺らぎ始めていると警告しています。
>今回の動画では、✔ なぜゼレンスキーはダボスへ行けなかったのか✔ トランプの“戦犯クラブ化”した平和評議会の正体✔ グリーンランド問題がなぜウクライナを消すのか✔ 欧州がトランプを「プーチン級の脅威」と見なし始めた理由✔ 復興支援と和平がねじれを起こしている危険性✔ ロシアが唯一得をする「停滞型和平」の実態などを徹底的に分析します。ウクライナ戦争は新しい段階に入りました。キエフでは60万人が停電と寒波で脱出を余儀なくされ、外交の世界でも“席が消される”という危機が同時進行しています。国際社会の分断は、プーチンにとって最大の追い風です。そして、その分断を加速させているのがトランプ政権の外交です。ぜひ最後までご覧いただき、この“歴史的転換点”を一緒に見届けてください。
令和8年1月、衆議院が解散、通常国会冒頭での解散となる、60年ぶりの短期決戦へ
日中の気温が10℃にならない、午後になると夕刻にかけて数度、これは2、3℃か、>この表現は、15時頃から日が暮れる18時以降までの変化(降雪、雨、むくみ、通行止めなど)を指す際に、天気予報や交通情報で非常によく用いられます AIの概要 この解説は人並みである。
>上空1500m付近では氷点下12度の強い寒気が北陸地方まで南下してくる予想です。この強い寒気が25日頃まで影響を与えそうです 23日には雪雲がやや北上する傾向が見られるものの、週末の24日、25日には再び南下してくる見通し
>日本海寒帯気団収束帯 JPCZ:Japan sea Polar air mass Convergence Zone 1969年に気象庁の予報官が提唱しましたが、一般に広く使われ始めたのは2010年代後半から2020年代にかけて
寒波襲来、積雪1センチから1.5センチの予報にスワと身構えて、夜が明けて陽が出始めると強い日光で、肩すかしのような午前となった。雪雲とは思えないきれぎれの白雲と青空が広がった。タイヤパンク修理をした自転車で郵便局へ、帰りに歩き運動で2500と、あと1000ぐらい。
と、空の雲行きは、昼前からの晴天となった。気持ち良い日和、しかし、冷気は襲っている。夕方になるとしみこむように気温が下がる。
https://www.youtube.com/watch?v=cmiVBmXeur0 ウクライナ軍がポクロフシクを突破しました!BOGDAN in Ukrain 今回の動画では・ポクロフシク1km前進の“本当の意味”・ウクライナ軍の新戦術(クアドロ×FPV)・ロシア軍の損耗と戦術破綻・地下壕戦・冬季作戦の実態・シルスキー発言が示す“今後の戦局”をわかりやすく解説します。回視聴 2026/01/22
保守派、革新派と言っていた。保守の王道とか、それは訳が分からないことだった。>保守政治の基本原則や、変革よりも現状維持・伝統重視の姿勢を指す言葉 AIによる概要 で、この解説がわかりにくいと、保守勢力が強い地域などの解説をあわせてみるようなことである。
さらにまた、つきまとっている語句には、>政治思想・理念的意味:日本の国体(国のあり方)や伝統文化を守るという理念。現体制を維持し、伝統的な価値観や秩序を重視する保守主義の立場。同上 などと見えて、国体、伝統文化と、古めかしいから、保守主義となると、どう
そこそこ理解をしても、現代政治には経済、外交という国際、そして地域の存立と、保守政治に対する新たな理念なるべきものが求められるようである。 その意味で言えば、革新に求められることがそこにはあるはずである。しかし、どうにもそれは偏ることになるらしい。
その用語に右派、左派というとらえ方がかぶさって、これがまた、その内実を議会の論説の組み合う姿勢にあるようだったのだが、そこに入り込んだのは現状維持という勢力と、それを許さない、打破を唱えることで、政権にあるものとそれに対立するものとなったように見える。
そして中立、中庸、中道と、中正をとなえることで、対立を避けようとする立場をとる勢力が生まれて、これはさきゆき、どうなるんだろうと、永世中立などの語を連想する。しかし、そこに見る中道だけは左右の均衡にあるのではないという様相が見える、理解の難しい語として。
五泊六日の冬将軍の滞在がある、天気予報士の説明に、これは長いと感じるか、それで去りゆくかと、週をまたいで寒気のお出ましのようである。空模様に大雪となれば厳しい。国会は23日に解散する。公示は27日、投開票は2月8日と、2週間と2日の選挙戦。
変化する日本政治なのか、首相会見で自民党を取り戻すようなことを言っていた、するとそれには中道政治というようなイメージを振りまいた26年があった自公政権の実態は、いままた現れた中道改革というようなことであるのか。中道は宗教用語にある、人間改革だそうだ。
退路を断つようなことを言いたがるマスコミは煽りに聞こえてきたが、首相自らが、国民はこの政権でよいのか選んでくれと言い切った。そんな局面を迎え前回選挙で居座ったともみえる政権から脱するカラーを打ち出すのか。キシバからタカイチへと国民は何を見ている――
共通テストが始まって2日目、寒いだけでなく、よく天候があれて雪模様の日になっていた。しかしこの2日は晴れていて、冷え込みはあるだろうけれど、受験生は健闘する格好だ。大学入試受験者は発表によれば496,237人、650会場で行われた。
阪神淡路大震災の日、17日追悼式が行われた。31年目になる。
好天気の陽射しがまぶしい。渇水の状況も生まれている。年始以来、晴れが続く。週明けにはどのような情勢が展開しているのか、右派左派の争いは異なった様相を見せる。まともな勢力が何になるのかは、国民の決定にゆだねられる。3週間の時限となる。
ウクライナ、ロシアの戦いが局面を迎えているようだ。ボグダンさんU-timesの情報は刻々とそれを伝える。 https://www.youtube.com/watch?v=Ba77P44Fy7Y
>ロシア、次の動員で国家が崩壊します。@BOGDAN_Ukrain ロシア国内では、・物価上昇20%・平均給与は10年横ばい・GDPは2兆ドル割れ・国際金融から完全に孤立・戦費はGDPの7〜9%(=実態は総力戦の戦時経済)という深刻な状況が続き、国民生活は第三世界レベルへと後退。
>専門家は、「ロシアは追加動員をすれば1年以内に国家崩壊が始まる」「ウクライナはまだ“審判の日の兵器”を使っていない」と警告しており、戦争は今、大きな転換点に来ています。
高市首相と再会した伊首相のニュースがない、まったくないわけではない、テレビも新聞もだんまりという、NHKもスルーしているようだ、メディアの扱いが、いわく、高市下げになるようなことか。国会の冒頭解散が行われようかというスクープでそれどころではでない、とか。
そこにとんでもない政界の動きが降って湧いたよう、野党の再編のニュースは立憲公明の合体という、これまでの政治にあった方程式が一気に崩れてしまうほど、党の存続のための選挙対策には驚きを通り越している。中道政治を唱える改革連合ということらしい、メッキのよう。
>日本政府は9日、イタリアのメローニ首相が15日に来日すると発表した。滞在中は高市早苗首相との首脳会談に臨む予定だ。日本側には、欧州で存在感を増すイタリアとの関係構築を通じ、欧州や主要7カ国(G7)での発言力強化につなげたい思惑もある。
日本外務省によると、メローニ氏の来日は岸田文雄政権時の2024年2月以来、3回目。高市首相とは昨年11月に南アフリカで開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で対面した。同じ女性の首脳として、日本政府内には関係深化への期待が高まっている。
https://www.youtube.com/watch?v=mUyiRNhC_Co イタリアのメローニ首相が来日、高市首相と日伊首脳会談(2026年1月16日)ニコニコニュースチャンネル登録者数 31.5万人 回視聴 4 時間前にライブ配信 #日伊首脳会談 #高市早苗 #GiorgiaMeloni / コメント投稿はニコニコへhttps://live.nicovideo.jp/watch/lv349... 本配信はロイター通信からの映像をお送りいたします
イタリアの首相、メローにさんがやってきた。高市外交の動きのあらわれである。日本との交流でG7の一員である重要な外交の局面である。日英伊3国による戦闘機の共同開発が話し合われるとその目玉を報じるが、なにより政治家同士の親密なコミュニケーションが図られる。
https://www.youtube.com/watch?v=nvvipIFOGWY LATEST: Italy's PM Meloni arrives in Japan for talks / La prima ministra italiana arriva in Giappone Nippon Television News Japan
逝きしもの、残りしもの、亡くなった人々を逝きしものと、残された人々や彼らの意志継承の残りしものと、対比して、生き残りと言ってみると、その思いには心の戸惑いがある。果たしてどうなったか、どうすればいいのか、と。思い起こすはなに。
昨暮れの訃報をいまだ言葉にすることができない。その感情をセーブして書き上げた教科書を捧げたいと表明した。文章文法による日本語教科書と対象者を定めた60ページのパンフレットである。思いをつなぐものがあるだろうか。それは人工知能に対話をしてまとめたのである。
晴れて冬びより、日和と書くが、この ひより は、にわ でもあるから、それを語源とする、とするか、語の由来はすこぶる日本語であることを知る。そしてまた、表記と読みの関係を考察するに国語の論証は果てしがないもののようにも思える意味の論である。
>以上、あげた所は頗る錯雜してゐるが、日和といふ字面は仙覚が「にはよくあらし」といふ歌の解に「日のやはらきたるをにはと云なるべし」と説いた所に源を発し、その説に基づいて「日和」といふ字面を生じ、それが「ニワ」とよみも書きもして「庭」又「爾波」といふ万葉集の語に充てられて来たが、その「日和」といふ字面が上の注解の意味からいつしか「ひより」といふ國語に充て用ゐられることになり、後にはその「ひより」といふ語には專ら「日和」といふ字面が用ゐられて、それが「ニハ」といふ語の解釈から生じたことや、「ニワ」といふ語の為に生じた宛字だといふことなども忘れられてしまつたものらしい。
http://snob.s1.xrea.com/fumikura/yamadayoshio/hiyori.html
国語学に初出がある。國語學第2輯: 239—268. (1949)
日和考 山田孝雄
>要するに「ニハ」といふ語は地形的に平坦な廣い面をさすけれども、それには同時にその用途がつきまとふ。即ち或るしわざを行ふに適する場所としての平坦な廣い地面又は水面をさすといふべきであらう。而してこれが古来種々の場合をさす語となり、いろ〳〵変化して「バ」といふ語を生じ、遂に「ニハバ」などといふ語も生じたものと思はれる。
然るにたま〳〵万葉集の歌詞としての「ニハ」がその意味を十分に認められずして海面をいふ場合に於いて特に不十分な見当のちがつた解釈が行はれた為に「日の和げる」といふ言に誤られ、且つ、その誤りはじめられた時代が「ハ」と「ワ」との発音の錯雜した時代でもあつた為に日和といふ字面が按出せられて大たる誤解を導き、その「には」の好きことが事実上日よりのよき事であつた為に「ひより」といふ語と日和といふ字面とがいつしか合体して日和の二字が「ひより」とよむべく固定した形になつたものと思はれる。
自分は万葉集をその時代の人の常識としてもつてゐた樣に再認識することが万葉集研究の第一義だと信じて多少の著述もした。しかしながら又中世の人が万葉集を読み誤つたことが基となつてその頃から後に生じた語も少からず有ることを知り、國語の学問としてはこの方面の研究も亦重要な点の有ることを思ひ、多少人にも勧めて見たが、その精神が徹らなかつたのか、別に之といふ研究も未だ世に公にせられてゐないやうである。然しながらこの方面のことは室町時代の頃から江戸時代、古学の復興する頃までの文藝即ち連歌俳諧、謠曲、淨瑠璃、御伽草子、草雙紙等の研究に於いて特に重要な点が存すると思ふ。而して、これらのうちには正しい國語学の正面の研究だけではかへつて分りかねるものが少く無いのである。ここに論じて来た日和をひよりとよむが如きはその著しい例である。自分はこの方面の研究の必要なことと提唱する為、一の例としてこの拙稿を草したのである。
(昭和二十三年三月廿日稿七月三日再治)
三日目も続いてパソ三昧。足腰に影響する。と言いつつ、手をやすめるわけでなく、近所歩きで散歩して関節を伸ばす運動がわり。4週近くコンを詰めて出来上がりは何か。教科書となるかな。アイデアは半世紀ばかり、そのうえでまとめてみたものが、いまとなるはAIのなせる業か。
成人の日、祝う日なんだが、おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます、という目的に通過儀礼は合致する、しない、民法改正で成人年齢が18歳に引き下げられたから、どういう祝いになっているか、二十歳と言えば、はたち、それで集うとか。
AIモードで聞いてみたら、通過儀礼とは、誕生、成人、結婚、死など、人生の節目において新しい社会的な立場や役割を獲得する際に行われる儀式、と答えたから、文化人類学、社会学では人間集団への参加度合いを示すことになる、部族とか民族とか、こことよそと違いが――
>日本の「成人式」は、世界規模で見れば「特定の年齢に達したことを祝う」という、平和的で文化的な通過儀礼の一形態 と回答があって、AIの言うところで、日本お成人式が文化的とはどういうことか。元服だの裳着だのと、あれは何だったのだろう。
よそでは、年齢も若いところでの、>部族社会では、子供が共同体の一員として「戦士」や「親」になれる資質があるかを試す通過儀礼が多く
また、それは>外的な能力を証明するものが多い一方、女性の儀礼は「初潮・美容・出産の準備」 となるようだから、二十歳はどうかとひねくれてしまうような、これを言えばもともこもないことになりそうではあるが、世にもっと親も子も考えられてしかるべきである。
連休二日目。ゆうべは温泉によって深夜に帰宅した。湯の山、連休二日目。ゆうべは温泉によって深夜に帰宅した。湯の山、複合温泉リゾート施設、アクアイグニスは24時までの営業であった。遅い時間にかかわらず続々と連休の癒しを求めた家族連れが来ていた。
曇りと陽射しの出る冬日がコントラス路も強く暮れから季節らしい、正月風景はここまでかな。成人の日で区切りがつくような、ちょうど15日だったのが令和8年は12日である。休日に合わせての年中行事が季節感を動かす。風が吹くので家込は強くなりそう。
一日ひっくり返るようにしてパソコンのキーと遊ぶようなことである。昨年の12月16日から3週間をかけて、もそもそと。
京都へ、ドライブをした。神社に行きたいと天候よさげで目指した。上賀茂神社まで3連休の休日と思えばそれほどもなくてへ京都の北山は渋滞なくたどり着いた。これも観光客の動向によることか、お参りもそれなりににぎわっていたが気持ちよくできた。
北山駅の隣にある植物園でない方角ですぐ歩いたところに陶板名画の庭という府立の施設があった。シニア料金は100円と誘われるように入園して見たら素敵な空間が広がっていた。天気がよくて晴れに映える空間だった。真冬にもかかわらず泉水のような意匠の壁に見入ったのは――
http://xn--kyoto-toban-hp-ui4mr028bg0pbgg7azs6cc57h.or.jp/
>京都府立陶板名画の庭は、名画の美しさをそのままに再現した 丈夫な陶板画を安藤忠雄氏設計の施設に展示するもので、屋外で鑑賞できる世界で初めての絵画庭園です。陶板画は全部で8点。このうち「最後の審判」など4点は「1990年国際花と緑の博覧会」に出品されたもので、「テラスにて」など4点はこの施設のために新しく制作されたものです。
ほんとうのところ、京都の北山はひさしく来ていない。地下鉄ができた便利になったことから思えば、あのころとは比べようもない。それは1960年代の学生のころ、10年を過ごした勉学の地であったから、時代が変わっているのである。1994年3月に完成したようである。
越年して暮れに行かなかったので結構な長さになって散髪に行く。シニア料金は平日のみ、カットをする時間も全体のサービスで15分ほどか、20分にもならないのに、至福の時である。顔剃り洗髪もあるし、相対的に髪の毛のカットは手早く済むような頭髪の状態であるから……
小寒を過ぎてこれからが寒の内に大寒までの旬日に冷え込んでいくのか。旧暦の巡りと新暦の巡りで気候をとらえるにはどういう感覚がよいのか。ウエザーニュースに、>西日本や東日本の太平洋側は、広く冬晴れとなる予想です。真冬らしく厳しい寒さが続く と見える。
うがいや手洗いで体調管理を万全にしてください、と、2000歩前後の出歩きで足腰のゆがみを直しても日に日にあと3000歩を積み足す散歩にしなければならないかと気にする。真冬を乗り越えるとしてもあとひと月は続く冷え込みであるから、新年の思いにどちらを向くか。
https://www.youtube.com/watch?v=vD7EsyvLGi4 【門田隆将】※大至急見て下さい...アメリカのベネズエラ侵攻で中国がトンデモない事態になりました... 日本政治の開幕 チャンネル登録者数 1660 引用 • 【83】米軍ベネズエラ急襲“2つの見方”を解説 門田隆将チャンネル 登録者数 13.9万人 173,026 回視聴 2026/01/04
1 日に10回感動する、というのは、そう聞けば、どうすることかと、どうなることかと考えてしまう。まず、そんなに感動することがあるのかと、もうすでに感動を失ってしまう。感動するのは発見と心の動きを感じ取ることのように日々に見つけることになるのだろう、と。
さて、そういう方が100歳の時に書いた、1997年10月29日だそうだが、これがその御年とは思えない文章で感動してしまうので、そうかこういうことかと、感動する心を見直すことになる。引用の引用ではあるけれど、次のようである。「……私の健康のもとは、”感動すること”である。見過ごしてしまうような何でもないことに感動し、その感動を記憶の深いところに残す。野の花を見ても自然の力に感動し、心が明るくなる。
その記憶は脳細胞のひだのどこかに入っていき、心の引き出しにしまわれ、必要なときに出てくる。感動とは心を耕す肥やしのようなものである。植物に良い肥料が必要なように、人間には強い感動が必要で、それが心を太らせてくれるのだと思う」 加藤シズエ 元国会議員
老いを愉しむ言葉は心の専門医の解説がある。らしい説明がついていて、そうなんだ、ああなんだと思わせてくれる。至福の感動をすれば幸福物質という異名のある脳内物質アナンダマイドが分泌されることが発見されているそう。
で、「アナンダマイドは脳の中枢神経系に作用して、ワーキングメモリー(作業記憶)睡眠パターン、動機付けや快感、の形成など、人間の心理や行動にさまざまな影響を及ぼすと考えられている」とか、脳の活性化に良いというのはまだしも、貴族のように心豊かに毎日を過ごせるのだそうだ。
気温は10℃になるかならないかで推移する。明け方は零度前後で明朝はマイナスの予想。年明け日が差して心地よい時が続く。チョコザップを再開する。1年ぶりだから、無理にならぬよう、と言っても、30分だけマシーン相手のことでうっすら汗ばむぐらい。
予断を許さない情勢が続く。大勢は新しい動きに変わりつつある。令和8年の現在、歴史の転換点を過ぎていく。ひとつには民主主義への専制政治による挑戦である。
おおさぶ こさぶ 寒の入り 寒中 寒の内
みふゆ 三冬 太陽暦で11、12、1月
み冬 かがみ開き 寒九のころ 令和八年一月五日 小寒の候
正月はいつまで、松の内とも、七草がゆ、鏡開きと、もう1月と言って気分は成人の日あたりまでだったか。仕事始めがあればそこで世間の動きになるし、小正月を迎えるまでの日々となる。左義長、どんと焼きがひとつの区切りをつけるようなことにもなるし、2026年幕開けと。
内外の情勢は平穏と言えない年遷りとなった。隣国周辺の歴史についての認識があまりにも時間軸にずれがあるような議論であるからこれは歴史を学ぶというかねての主張にも疑問符が付くようなことである。沖縄を琉球としてとどめたいだけでなく自領土だと言い出す始末‥‥
晴れて正月気分
あなたの語りの温度、長年の観察者としての視線、そして「言葉の来歴をたどる楽しさ」を大切にして仕上げました。
# 🌅 エッセイ:「正月」という言葉をめぐる小さな旅
年が明けると、空気が少し澄んで感じられる。
朝の光がやわらかく差し込み、どこか遠い昔から続いてきた時間の帯に、自分もそっと包まれるような気がする。
正月とは、そんな不思議な季節だ。
けれど、ふと立ち止まってみると、「正月」という言葉はどこから来たのだろう。
なぜ私たちは、年のはじめを「正しい月」と書くのか。
そして、この呼び名はいつから日本に根づいたのか。
そんな素朴な疑問から、私は言葉の来歴をたどる小さな旅に出た。
## ■ 中国の暦から渡ってきた「正月」
「正月」という語は、日本で生まれたものではない。
はるか昔、中国の古典にすでにその姿が見える。
古代中国では、王朝が変わるたびに「一年の始まり」が変わった。
夏王朝は立春の月、殷は冬至の翌月、周は冬至の月。
暦は政治そのものであり、年の区切りは王朝の権威を象徴していた。
紀元前104年、前漢の武帝が暦を統一し、立春を含む月を年初とした。
そのとき「暦の最初の月を正しく改めた」――
これが「正月」という呼び名の由来だとする説がある。
「元日」は「元=はじめ」。
どちらも、古代人が年の節目を大切にした名残である。
## ■ 「政月」が「正月」になったという話
もうひとつ、歴史の陰影を感じさせる説がある。
秦の始皇帝の名は「政(Zhèng)」。
中国には、君主の名と同じ字や音を避ける「避諱(ひき)」という習慣があった。
そのため「政月」と呼ばれていた月を、同音の「正」に置き換え、
「正月」と呼ぶようになった――というのである。
権力者の名を避けるために、暦の呼び名まで変わってしまう。
言葉とは、時に政治の影を映す鏡でもある。
私はこの説に、どこか人間くささを感じてしまう。
## ■ 日本に渡り、春を祝う月となる
「正月」という語は奈良時代にはすでに日本に定着していた。
ただし、当時の正月は今の1月ではない。
旧暦の1月――現在の暦でいえば1月下旬から2月中旬ごろ。
冬の終わり、春の気配がようやく立ち上がる頃である。
和名では「睦月」。
家族や親族が集い、睦み合う月という意味だという。
中国から来た「正月」と、日本の暮らしから生まれた「睦月」。
二つの呼び名が同じ月を指していたことに、文化の重なりを感じる。
---
## ■ 正月はいつまでか――地域の記憶
現代では三が日を「正月」と呼ぶことが多い。
しかし、私の母は東京育ちで、松の内の1月7日までが正月だった。
大阪に移り住んでからは、関西では1月15日の小正月までが正月だと知った。
地域によって、正月の長さが違う。
二十日正月という言い方もある。
正月とは、単なる日付ではなく、**年の節目をゆっくりと味わう時間**だったのだ。
## ■ 明治の改暦と、1月1日の「正月」
明治6年、日本は太陽暦を採用し、
新暦の1月1日をそのまま「正月」とした。
呼び名はそのまま、日付だけが移動した。
だから、私たちが「正月」と聞いて思い浮かべる風景は、
実は明治以降に形づくられたものでもある。
それでも、歳神様を迎え、家族が集い、
新しい年の無事を祈るという心は、昔と変わらない。
## ■ 言葉の奥にある、長い時間
「正月」という言葉をたどると、
中国の王朝の興亡があり、
避諱という文化があり、
日本の旧暦の暮らしがあり、
地域ごとの風習があり、
明治の改暦がある。
ひとつの言葉の背後に、これほど豊かな歴史が折り重なっている。
そう思うと、年のはじめに「正月」と口にするだけで、
どこか背筋が伸びるような気がしてくる。
新しい年が、どうかよい年でありますように。
その願いは、千年以上前の人々と、今の私たちを静かにつないでいる。
民族じゃなくて、民俗だろうに、ミンゾクはどうなったかと検索してみて、でてきた、でてきた、ヒットしたのは柳田国男、折口信夫とあいかわらぬ研究者名の古さには文化人類学という皮衣ができた、のだった―――しかし柳田国男はフォークロアーとエスニシティ―を論じているようだから。 人類学と文...