1 日に10回感動する、というのは、そう聞けば、どうすることかと、どうなることかと考えてしまう。まず、そんなに感動することがあるのかと、もうすでに感動を失ってしまう。感動するのは発見と心の動きを感じ取ることのように日々に見つけることになるのだろう、と。
さて、そういう方が100歳の時に書いた、1997年10月29日だそうだが、これがその御年とは思えない文章で感動してしまうので、そうかこういうことかと、感動する心を見直すことになる。引用の引用ではあるけれど、次のようである。「……私の健康のもとは、”感動すること”である。見過ごしてしまうような何でもないことに感動し、その感動を記憶の深いところに残す。野の花を見ても自然の力に感動し、心が明るくなる。
その記憶は脳細胞のひだのどこかに入っていき、心の引き出しにしまわれ、必要なときに出てくる。感動とは心を耕す肥やしのようなものである。植物に良い肥料が必要なように、人間には強い感動が必要で、それが心を太らせてくれるのだと思う」 加藤シズエ 元国会議員
老いを愉しむ言葉は心の専門医の解説がある。らしい説明がついていて、そうなんだ、ああなんだと思わせてくれる。至福の感動をすれば幸福物質という異名のある脳内物質アナンダマイドが分泌されることが発見されているそう。
で、「アナンダマイドは脳の中枢神経系に作用して、ワーキングメモリー(作業記憶)睡眠パターン、動機付けや快感、の形成など、人間の心理や行動にさまざまな影響を及ぼすと考えられている」とか、脳の活性化に良いというのはまだしも、貴族のように心豊かに毎日を過ごせるのだそうだ。
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