起き掛けに先頭打者本塁打、連続2本で2本で47号、48号と大谷選手の躍動が伝わる。ただ投手は菅野選手だったから、大リーグのニュースに投手と打者の日本人対戦というのも、そしてそれを聞くのが海外ニュースとなると、複雑な微妙さがある。日本野球はセリーグで阪神タイガースの優勝が決まった。
総裁公選に賛成とか反対とか、自民党内に紛糾しているお家騒動は公選を実施して党が割れる、壊れるのを防ごうということらしい。すでに辞意表明をしてフルスペックでやるとか簡易方式でやるとか、よくわからない、10月初めまでの政治空白のようすに、あれは1年前のは9月終わりだったかと思い出して、なんだかメディアの報道が危うい。
ゼミ企画で大学祭に参加しようと主宰者の発案で、2000年11月4、5日、あいさつに曰く。
>学園祭にほっとした空間を設けるため、ゼミ発表のレポートを展示し、皆さんからの質問に答えるべく、中国茶などを用意してお待ちしています。どうぞご遠慮なく、おくつろぎくだされば幸いです。2000年11月4、5日 大学祭で好評であった、と自画自賛し、それで、プリント展示したものを冊子にできればいいなあと、計画しましたが、1年半を経て今日にいたりました。ゼミ構成員の一人一人の研究は、2年にわたって13人の3回通りの発表で39のプレゼンテーションを数えます。それぞれの研究が発表に込められています。
きっかけはゼミの活動を学習成果として公表することであった。展示にはレジュメをそのままパネルにしているから、普段の学習がそのまま表れている。優れた学生ばかり。冊子の表紙のような、パネルをさらりと描き上げてしまうのである。
>したがって、この発表集はその後に行われたゼミの発表をふくめて、2000年2001年のプリント資料と報告をそのまま冊子にしています資料の内容と論文は発表者のものですが、この冊子についてはゼミ主宰者の責任編集ですそれぞれに至らないところも多いのですが、熱心に学習し、ひたむきにテーマを追求していると思います。なお、冊子名に「パンダ王国」とつけました。研究室はパンダの中国土産がならべられていて、パンダの好きな先生ということから、ゼミ長の一声で決まりました。 2002年3月22日
学生の研究意欲をいかに引き出すか、と、大げさに言えばそんなところで、この冊子を卒業に一人ずつ、ゼミ参加者は持って去っていくわけである。ゼミの思い出を仲間とともに抱いて10年、20年、いまそのときになる。
蒼穹の50年
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