2025/10/19

令和七年十月十九日 日曜

 酷暑、猛暑の月を経て炎暑の名残にもうすぐにも霜降り、霜月という季節になる。まだ暑苦しいのだぞ、あと2日ばかりは、霜降は5日後、涼しくなるかねぇ。。

政治はつまるところ政治家が何をしようかということで国民に見せる姿勢で決まってくる、というように願いたいところ、ここ3人にわたって、そこを代というほどのものでもないが令和に就任して見せた総理のパフォーマンスに方向性がなかった、あったのかもしれないが、それは内向きの足元と外ばかりに向けて目くらましをしようとしたやに見える外交とか得意にふるまって見せただけの、その政治家の思惑による天下は、それを受け継ぐというようないまは本当にひどいことに、なにをやりたかったのかと、99代から103代まで5人を数える算数は実は3人で、ずいぶんと令和の印象を悪くしてきてついにはこうなってなってしまった世の動きだった、連立与党のように思えるのはそれがなくなってまた見えてしまう苦し紛れの実態はほんとうにほんとうのところ日本をどうしようとしていたか、加えて野党連携のできない状況に聞こえてくるのはそれが与野党の政治だったと、また政局と言いつつ利益誘導の利権を争う姿勢のようでもあったとその実態をつぶさに見る背景に経済金融政策にずれてしまっている国家体制であるから経営に走る汗をかく姿もなく、ケイメイと読む、はしりありくこともなく、その政策のなさはこれからどういう方向にもっていこうとするのか、皮衣は変わらずとならないようにあらたな政治家の活躍がのぞまれている。民民となく公にも値せず、まして理念、イデオロギー、主義主張を見る目の違いに、やっと聞こえてくる令和の夜明けとなるかと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿

令和八年六月十五日 月曜日 民俗にあるもの

 民族じゃなくて、民俗だろうに、ミンゾクはどうなったかと検索してみて、でてきた、でてきた、ヒットしたのは柳田国男、折口信夫とあいかわらぬ研究者名の古さには文化人類学という皮衣ができた、のだった―――しかし柳田国男はフォークロアーとエスニシティ―を論じているようだから。 人類学と文...