2026/03/21

令和八年三月二十一日 土曜 日本が戻ったノデアル

 SNSには1990年代からしたしむところ掲示板というBBCの書き込みを知る。そうはいっても嵐ではないアラシにあったりしてまともでもないのを経過して、いま、Xとやらを横目で眺めてきたのだったが、スマホをじっと見つめるようなことはなかった。それが、かわったのか。

140字だったか、その文字数でやり取りすることから、いつの間にか長文を書き込んでいるらしい、それぐらい関心もなかったから知らない、それが高市首相下げの発信を見ていて、その見方を知ることに、発言をフォローするやりかたに気づけばスマホを眺めるようなことに。

しかしまあ品性のない物言い、それが延々と続く。あの、あべがーに匹敵する思い出、あのころと違ってはけ口が見いだせないのだろう、米国大統領と面会してきたぐらいで、りっぱな外交だったと、わたしは思っているが、それで、その物言いの口さがなきことにあきれている。

日本は戻ったのだと言ってそれを日本は馬鹿だと文字る輩にその口先から言葉にできることではない、書き込んだ文字に感想をもたないのだろう、いや、たっぷりとその思いでいるから、そう言ってのけて平然ロしている、そんなつぶやきばかりが目に付く。



0 件のコメント:

コメントを投稿

令和八年六月十五日 月曜日 民俗にあるもの

 民族じゃなくて、民俗だろうに、ミンゾクはどうなったかと検索してみて、でてきた、でてきた、ヒットしたのは柳田国男、折口信夫とあいかわらぬ研究者名の古さには文化人類学という皮衣ができた、のだった―――しかし柳田国男はフォークロアーとエスニシティ―を論じているようだから。 人類学と文...