周年とは物事の始まりをとらえる、創業、設立、結婚などから満1年単位の節目というが、スルーしてしまえばただの経過点に過ぎない。2026、2006、1986、1966、と、わがことを振り返りその1年に気づく。つまりその始まりが2005、1985、1965、ということで、2025のときも。
そこだけを取りざたするようなことになるか、なにがあったというのだろう。すべてに人がかかわることである。のりこえた、たたかった、もとにもどした、というようなメンテをおこなってきた。自分史に語るか。
民族じゃなくて、民俗だろうに、ミンゾクはどうなったかと検索してみて、でてきた、でてきた、ヒットしたのは柳田国男、折口信夫とあいかわらぬ研究者名の古さには文化人類学という皮衣ができた、のだった―――しかし柳田国男はフォークロアーとエスニシティ―を論じているようだから。 人類学と文...
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