かく衰えゆくものかは、と言いつつ、ここに書くというはそれがない、斯くかくしかじかと前文にはないわけだから、これは日記を繰りしてみることになる表現法のひとつ、それを探してあるはまあよし、蜻蛉日記はそこがのこっていない、斯くありしときすぎて、とあるだけで、それを作業にして探し出すという文学解釈になる、50年も前に受けた演習の記憶である。
人生100年とはどんな根拠があったか、平均寿命が女性は87歳、男性は81歳ということであれば、125年とはどんなものか、大隈重信の125歳説初の引用に見える。
我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか 大隈重信
> 人間は百二十五歳までの寿命をもっておるというのが我輩
https://www.aozora.gr.jp/cards/001879/files/58087_63889.html
「大隈伯社會觀」文成社 1910(明治43)年10月20日発行 初出:「実業之世界 第五号第五巻」 1908(明治41)年9月
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