2025/06/03

有為、無為 6月3日2025年

 蒼穹50年、在職は2000年から2017年、その前後を入れると22年の長きにわたる。8年前に退いたことになる。コミュニケーション学部を創設するスタッフとして転入してその11年を言語コミュニケーション学科で日本語コミュニケーション専攻の担当であった。それまで教員は1978年から国語学国文学を11年、国語国文学を10年と転出転入を経て3校め、ここが終の棲家であった。蒼穹の思い出は日本語教育日本語学についてコミュニケーションの専門を広げたことから始まる。ただ言語コミュニケーションは英語、中国語、日本語の3つのコースでそれぞれにネイティブのスタッフがいた。この学部学科構成は特徴的であった。日本語教育として日本語を外国語の科目に数える、実際は外国語としての日本語という触れ込みだったから、中国語教育、英語教育と並べられた。学部の全体にも心理コミュニケーション、ビジネスコミュニケーション、言語コミュニケーションとあり、のちに学部の編成替えで心理学部、ビジネス学部と発展的になる。言語コミュニケーションは解消して交流文化学部となる。50年の間の有為転変のごとき、日本語教育は教師資格取得の科目として継続している。世の若者人口の流動は、今こそ、経営を困難にして、その将来計画の布石を持たないところつまり旧態に甘んじたところと、新たに展開するところとで2極化しはじめているから、蒼穹50年とは、文学部単体から12学部を抱える、総合大学の様相で実績を示したことになる。


キャッスルプラザ、さがみ庵で卒業生と集う。みなさん、どうもありがとう。65歳、70歳と2度の停年、いまや雇用契約満期による退職となって、週に3日、非常勤講師をしている。年々、2日、1日となる模様、4月来、職業欄には無職と書いてきて、寂しいことである。名誉称号をもらったから、所属を書くことができるので、そうしようかと思っている。毎日、朝には今日の一日なにをしようと思い、夜にはなにをなしたか、食に足るだけの働きはしたか、と考えて暮らしている。それももう飽きてきているから、仕事になるものを、年金生活の傍らするかと思い考えをめぐらしている。まだ思い出に生きる日々であるが、その思い出も尽きて、ブログに書くことを探しているようなことである。

  退職祝い、ランチ会 2017-06-25 17:53:41


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