1980年のころだから、わたしの駆け出しの時代になる、82年、83年からの教え子と談笑。
それぞれがもう、第2の活躍となるいまは、校長、教頭のよきキャリアを生かしている。
時を経ること40年超になってスーッと溶け合う思いである。
漢字音に読みがいくつかある現象は日本語の特有のもので音訓を意識すると文字によって幾通りにもなる。文字と言うのは言葉によるということで、その語の成立には発音に依るべきである。
すると、にほん にっぽん いずれも語として日本語に見られて発音の書き分けと意味区別の相関はこの語にはない。漢字文字の正字意識が、日本語としてあり、文字表記で漢字を語とするということである。
ここで同音異義語を考え合わせると発音は文字によって意味を区別することがある。表記の異字意識は保たれて意味を区別することになる、文字に区別する同音は語として異なる。
読みがあり、音があり、そして文字としての漢字があって、使い分けとその役割にはさまざま、表記、表現のなせる業である。同音異議に対して、異音同義とでもしたくなる。
同字にして異音であるが同義となるか、同字にして異音であって異議となるのか、その用法には巧みな表現として現れる。しかし、にほん ニッポン は、そうである、どうであるのか、同字異音同義なのである。
例えば、
ついたち いちじつ いちにち ひとり いちにん ひとつき いちがつ
ふつか ににち ふたり ににん ふたつき にがつ
みっか さんにち みかー みたり さんにん みつき さんがつ
よっか よんにち よたり よにん よんにん よつき よんがつ しがつ
にほん にっぽん やまと
いっぽん にほん さんぼん
*いちほん *にっぽん さんほん *さんぽん
言語の音韻は意味の区別によって定義される。では音韻の異なる日本の文字による表記は音韻による解決があるか。
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