日本語の ことば は、ことは、であったか。
濁点符号をつける、ことば とし、文字を当てて 言葉 として、語が成立してきた。
後世にそれを捉えて、こと、わざ、こころとして、言 をみようとした。
その 言 は、また こと としての 事 であるとする。
ことわざの語源とも言う。
言葉 が 事端 でもあったのである。 ことのは として、言語 をさすと、平安朝の人。
まことかと聞きて見つればことのはを飾れる玉の枝にぞありける 竹取物語
に見え、また、事にする歌、和歌となる、古今和歌集には、
やまとうたは、人の心をたねとして、よろづのことのはとぞなれりける 仮名序
というように見える。
こと を 事 とみるのは、言語の行為とその行為の実現そのものであった。
事は、とすると、この言葉の語源を思いつく、類推できる。
万葉集の歌に、言羽 とあり、ことばと訓み下す。
ももちたび恋ふといふとも諸弟らがねりの言羽は我は頼まじ 大伴家持 4-447
その表記に羽字でないものもある。清音の仮名と見える。
万葉〔8C後〕四・七七四「百千(ももち)たび恋ふといふとも諸弟(もろと)らが練(ねり)の言羽(ことば)は我は頼まじ〈大伴家持〉」
古今〔905~914〕仮名序「かくてぞ、花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露をかなしぶ心、ことば多く、さまざまになりにける」練(ねり)の言羽(ことば)は我は頼まじ〈大伴家持〉」
>俗に「てにをは」(弖爾乎波・天爾遠波)か「てにはを」(弖爾波乎)と呼ばれるが、これは漢文の読み下しの補助として漢字の四隅につけられたヲコト点を左下から右回りに読んだ時に「てにはを」となることに因る
日本語は太古の昔に民族の移動とともに大和として中央国家が誕生した・
そのときに、文字を言葉とした。いつごろか。
昔、昔々、昔々のその昔、またその昔である。
太古は有史以前であるから、ひとむかしは10年、むかしむかしは100年。
むかしむかしのそのむかしは1000年、またその昔は1000年をさかのぼる。
言うところの大和朝廷の誕生より、それは有史以前の民族の争いがあってからのことだったのだろう、そのころのことからである。
大和の地に歌をうたい言葉を唱えるものがあって言霊を信じた。
言霊の幸わう国と歌い上げた。
文字は漢字でありそれを訓じて大和のことばにした。
ことは言であり事であり、それをとらえると漢字には謡う辞がある。
大和のことばには漢字にない日本語のことばがあった。
歌に、 も の は など六個の辞を欠くと意識して、それをことばとして辞と呼んだ。
歌人は歌謡にそれをあらわし、文字とすることを始めた。
ここに大和のことばは歌に記録された。
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4175 ホトトギス 今来鳴きそむ あやめぐさ かづらぐまでに
離(か)るる日あらめや
「も・の・は」、3個の辞を欠く
4176 わが門ゆ 鳴き過ぎ渡る ホトトギス いやなつかしく 聞けど飽き足らず
「も・の・は」《て・に・を》、6個の辞を欠く
894 山上憶良 神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり
万葉集の謎=「も・の・は」を欠く歌
www.geocities.jp/yasuko8787/51monoha.htm
ホトトギスを詠む二首. 4175 ホトトギス 今来鳴きそむ あやめぐさ かづらぐまでに 離(か)るる日あらめや 「も・の・は」、3個の辞を欠く. 4176 わが門ゆ 鳴き過ぎ渡る ホトトギス いやなつかしく 聞けど飽き足らず 「も・の・は」《て・に・を》、6個の辞を欠く ...
山上憶良と結びつく万葉集の謎
www.geocities.jp/yasuko8787/0x-4.htm
ホトトギスを詠む二首 (大伴家持?) 4175 ほととぎす 今来鳴きそむ あやめぐさ かづらぐまでに 離(か)るる日あらめや 「も・の・は」、3個の辞を欠く. 4176 わが門ゆ 鳴き過ぎ渡る ほととぎす いやなつかしく 聞けど飽き足らず 「も・の・は」《て・に・を》、6個の辞を ...
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