2025/08/04

馬祖道一の平常心 令和七年八月四日

 

平常心は何か。禅宗の教えであるから、字義そのままである。

それに読み方がある。へいじょうしん でよいのだが、びょうじょうしん ともよむ。

そうすると、びょうじょうしんぜどう というふうに読んで、何かしら、奥義がありそうである。

へいじょうしん、これ、みちなり と言えば、これはこれで、求道の精神が見える。

この語を長安の都にはやる仏教として、白楽天が好むを知った。彼の詩文集にはその思想が現れる。そのことがあるをまた、研究留学をして唐代の文学を仏教から見るとどうであるかを学んだ。

それを知ったのは、2000年のこと、留学をしたもはその少し前であった。南開大学中文に3か月。奨学金留学をした。そのときを

もっで、禅宗の何あたるかを思い合わせるようになった。

それこそ平常心是道である。南洲禅の流れに馬祖を始祖とする。

ばそどういつ、と名前を読む。

8世紀の人、中国、唐の時代、漢州の出身で俗姓は馬氏。

諡は大寂禅師、地元の羅漢寺の資州の処寂の下で出家し、益州の長松山などで修禅した後、南嶽に向かい、懐譲の法を嗣ぎ、洪州の開元寺に移って法を広めた、とウイキペディアにある。

この師については、平常心是道の語で親しむところがある。

平常心、これ道なり。


平常心を、へいじょうしん、とばかり読んでいたら、びょうじょうしん、と読む、そうな。

その説明もあったりして、これみちなり、についても、ぜどう、というふうに、音読みをしていた。

その語録には、

>若欲直會其道、平常心是道。何謂平常心。無造作、無是非、無取捨、無斷常、無凡無聖。經云、非凡夫行、非聖賢行、是菩薩行。只如今行住坐臥、應機接物、盡是道。 

とあり。

ウイクショナリーの読みは、

>若し直ちに其の道を会せんと欲すれば、平常心是れ道たり。何をか平常心と謂わん。造作なく、是非なく、取捨なく、断常なく、凡なく聖なきなり。(維摩)経に云う、凡夫行に非ず、聖賢行に非ず、是れ菩薩行なり、と。只だ如今の行住坐臥、応機接物、尽く是れ道たり、とある。平常心が、これ道たり、

とする。


2017年2月の記事より。

研究室を整理して、出るは、出るは、本が出てくる。よくまあ隠れていたもので、取り出しては、思いがよぎる。箱を10、積み上げては、これをどうするだろうと思案に暮れる。

講談社学術文庫の1冊、禅語散策、田上太秀さんの本、これは文庫の前には1987年に原本として、東書選書にある。

東京書籍で、30年前にお目にかかったか、ひらりとめくって、平常心是道とあった。

びょうじょうしんこれどう などと、振り仮名にある。この読みには、なじまないが、禅の言葉として、平常の心がこれ道である、というほうが、わかりよい。

しかし、これも平常心を、へいじょうしん とするのではなくて、びょうじょうしん とするのだろう。

日本国語大辞典を引いてみた。読みはそれぞれ、項目にするが、禅語と近代語の違いを見せる。禅語は知りうるところ、馬祖道一である。

その語の、無門関による南泉普願での問答が有名である。馬おじさんの言だと知り、その禅の考え方が唐の長安でもあったと知り、そこに白楽天が禅宗を奉じたと知った。

白香山詩集をひっくり返すように眺めて、語句を探していたわたしの探求は、思わぬことを知るきっかけとなった。

平成11年、1999年から、平成23年、1911年、その時の思いに、平常心是道は、歳月を経てめぐりくる。

ウイキペディアより

>馬祖道一(ばそ どういつ、709年(景龍3年) - 788年(貞元4年))は、漢州(四川省)の出身で俗姓は馬氏。諡は大寂禅師。

地元の羅漢寺の資州の処寂(648年 - 734年)の下で出家し、益州の長松山などで修禅した後、南嶽(湖南省)に向かい、懐譲の法を嗣ぎ、洪州(江西省)の開元寺に移って法を広めた。その独自な禅風は唐代の士大夫階級に受け入れられて一大宗派洪州宗を築き、百丈懐海や南泉普願など嗣法の弟子は88人を数え、それぞれが数多くの語録を残すので、後の禅宗に語録を重視する傾向をもたらし、やがてそれは公案を重視する臨済宗へと発展していった。


若し直ちに其の道を会せんと欲すれば、平常心是れ道たり。何をか平常心と謂わん。造作なく、是非なく、取捨なく、断常なく、凡なく聖なきなり。(維摩)経に云う、凡夫行に非ず、聖賢行に非ず、是れ菩薩行なり、と。只だ如今の行住坐臥、応機接物、尽く是れ道たり。

若欲直會其道、平常心是道。何謂平常心。無造作、無是非、無取捨、無斷常、無凡無聖。經云、非凡夫行、非聖賢行、是菩薩行。只如今行住坐臥、應機接物、盡是道。 -- 「示衆」

「もし、道というものをずばり言うとするならば、日常の心が即ち道である。そして何が日常の心であるかというと、それは肯定(よい)でもなく、否定(わるい)でもなく、取るとか捨てるというものでもなく、又、あたりまえでもなく、すぐれたものでもない」と言われました。


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