2025/09/05

自分が見えない、かな  令和七年九月五日 金曜

 台風15号が過ぎ去った。午後には、青い空が当地では見え始め、晴れてきた。この3日間に、いっとき28℃の日中気温の日があった。からりとした日ではなくて陽が照っていない、台風直前だった蒸し暑さがある、しかしそれが夏の暑さだと思い知ることはなはだしい。台風一過、はて、暑さは戻るだろうなぁ。いま、東へと線状降水帯の予想が移っていく。突風と豪雨の荒れ模様におののく。

政治勢力が割れ欠けていくような、われてかけると、こがついて壊れていく、こはいかに、なぜにこうなっているか、ねばねばとここまで言ってきたのにはついには粘るということか。そうなるべく、解散をちらつかせて、その先にあるのは、大連合とやら、それにしても居心地悪し、それなりのコメントをつけているのだろうけれど、トランプと一蓮托生のようなことを発言している。この刻々が、インドが中国寄りになったのは、アジアの不安定さを作っている。



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令和八年六月十五日 月曜日 民俗にあるもの

 民族じゃなくて、民俗だろうに、ミンゾクはどうなったかと検索してみて、でてきた、でてきた、ヒットしたのは柳田国男、折口信夫とあいかわらぬ研究者名の古さには文化人類学という皮衣ができた、のだった―――しかし柳田国男はフォークロアーとエスニシティ―を論じているようだから。 人類学と文...