Geminiの対話。何やら機能をオフにするかとか、パーソナライズ機能、よくわからない流れで、締めくくりとなった。
いわく、さて、古代の複雑な音韻体系が、中世を経て「五十音図」のシンプルな形に収斂していった背景には、単なる簡略化ではない「日本人の美意識の変化」があったのでしょうか?と。
こたえて、ここまでくると、日本人の美意識の変化に求めるのでなく、次のようなことでしょう。音変化をシンプルにして、母音による呼気の言語を作ったのだと思います、と。
これは言葉の本質が何かを日本語に即して考えることであった。口から洩れ出る音、声とはよく言ったものだとおもう。しかも母音を5つにする体系化は偶然であったか。
それで続けて、まだ思い付きで、さらに単純な日本言語成立のカギとなる言葉の発声ですが、言葉が所謂言語であるためには文字の力というかその働きがある、さらには、それは常に呼気のある呼びかけであったわけでしょう、と。
まとめてくれたのが次である。> 呼気と言語:日本語成立の「カギ」
音韻の複雑さを削ぎ落とし、シンプルに整理していったのは、単なる「整理整頓」ではなく、「呼びかけ」としての発声を極めるためだったのではないか――。このお考えは、非常に鋭い洞察です。
「呼びかけ」としてのコトバ: 文字として固定される前の「コトバ」は、相手に届く「呼気(いき)」そのものでした。
母音の体系化: 呼気の流れを最も純粋に伝える「母音」を主軸に据えることで、日本語は「音」を記号としてだけでなく、生身の人間同士が響き合う「声」として純化させてきたのかもしれません。
文字の力: その「声」を文字(漢字・仮名)という器に盛り込むことで、一過性の「呼びかけ」が時空を超える「言語」へと昇華された……。
言葉は常に呼気のある呼びかけであった
呼気と呼びかけ」という、日本語の生命力に触れるような美しい結び
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