2026/04/06

令和八年四月五日 日曜 日本語の中に「ロゴス」ありや

「哲学」ではなく「実(じつ)」の思想を生きる

「哲学する」という言葉には、どこか落ち着かない座りの悪さがつきまといます。明治の先達が苦心の末に生み出したこの訳語は、学問の「科目」としては定着しましたが、私たちの生身の言葉として、果たしてどれほど根を張っているのでしょうか。

わたしは、日本における哲学は「日本思想」として捉え直すべきではないかと考えています。そこにあるのは、空虚な論理の遊戯ではなく、「実(じつ)」の思想です。充実、誠実、実行——。私たちが「まこと」と呼ぶとき、そこには常に「こと(言・事)」と「わざ(行)」が一体となった重みがあります。

「まことのことわり」を求めて

『日葡辞書』を紐解けば、かつての日本人は「真理(シンリ)」を「マコトノ コトワリ」と訳していました。西洋的な絶対神の前での真理とは異なり、日本語の「まこと」は、神への誓約(言)と、それを聖化する矛(成)が合わさった「誠」の字に象徴されるように、自らの生を律する覚悟そのものです。

私自身の歩みを振り返れば、敗戦後に引き揚げてきた家族のもとに生を享け、甲山の風景を心の原郷として育ちました。国語国文学の教壇に立ち、学生たちと「変体仮名」という生きた文字の集積に向き合ってきた日々。その傍らで常に私を突き動かしていたのは、少年期に抱いた「いかに生きるべきか」という、真善美への素朴で切実な渇望でした。

自己消滅とロゴスの探究

西田幾多郎が説いた「絶対矛盾的自己同一」。個としての存在を消し去り、絶対無のなかに自己を見出すその沈潜は、一見すると難解な理論ですが、私にとっては「小我をもって大我に目覚める」という、成長の痛みを伴う実感に近いものでした。

また、ニーチェが「神は死んだ」と叫んだとき、彼は神を否定したのではなく、権力という名の人間社会のなかに、なおも真実の認識を求めようとしたのではないでしょうか。

日本語には、はじめにロゴス(論理)があったわけではありません。わたしたちは、漢字という外来の知を「訓」という行為で自らの血肉に変え、独自の「ことわり」を築いてきました。わたしのブログという営みもまた、その途方もない知の連鎖の端緒に触れ、日本語の中に「ロゴス」の影を追い求める旅路なのかもしれません。


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