母の日
この思いはつらいので適当にしている。
それを書くことができないと思ってきたからだ。球神経麻痺進行性筋萎縮性側索硬化症 ALSとは難病指定の直すことができない病気といわれ、発症後の経過で横臥したままになる、椅子を使って坐っているように見えることもあるが、よく知られているようにその意思表示には目の動きだけが読み取れる文字盤を使ったりする。
親子、兄弟など家族ならその動き、これは表情と言ってもいいが、その生理的要求から日常生活の世話を感じ取り読み取ることができる。
30年前を思い出してもそれがいつなのかと元号をたどれないのは西暦もはっきりと見ようとしなかったからだ。それなのにもう33年にもなると一方でわかるところがあってその思いはとてつもない。神も仏もあるものかとゲンジが叫んだのかどうだったか須磨の空を雁が行くという風景のように須磨神社に走りこんで神も仏もあるものかと激しく慟哭した一時が過ぎてやはり戻ろうと病室に向かった。案の定、次兄とやりあったのをそばで聞いて父親が青い顔をしていたのはそう見えたのをほかに心配することがなくてそれだけが気になったからである。呼吸器を外すことに同意したからそこに息絶えた母がいた。救急車で担ぎ込まれたときはまだ意識もありシッカンがなければそのまま寝たきりで過ごせた。父と姉弟そろって看病につとめたから在宅介護に近い安心があった。それをひょんなことで、ひょんだとしか言えない、大きな過ちが気道確保の一言で起こったベッド上の異変だった、それは老練者のさかしらな枕の角度にあった、と姉が必死に語ってくれて、それで意識が飛んでしまったからALSの植物ような病状となってしまってそれから病院側入院期限もあって何かと言ってきたのだった。呼吸器を埋め込みことでその場しのぎをした、そういうことに時がたち、物言わぬ、目も明けぬ、眠っているような母がいた。
0 件のコメント:
コメントを投稿